視界は真っ白に包まれている。甘いクリームの香りがしたから、まだ”幸運のギフト”がくっ付いているのかと思って手を動かすと、顔に触るより早く柔らかいスプリングが腕を押し返してきた。
「……んえ」
寝呆けた声が喉から零れる。なんだか息が苦しいことに気が付いて、鼻を塞ぐ物から逃れるように顔を横に向けた。頬には柔らかなクッションの弾力が返され、仄明るい視界の真ん中には、鏡合わせの横顔があった。
ぴったりと閉じた瞼を目覚めない頭でぼうっと眺める。規則正しい呼吸を繰り返す彼の腹に自分の片腕が乗っている事に今更気が付いた。ベッドサイドのランプから漏れる光が、血色の良い人間の肌を映し出している。
その反射が眩しく感じて、光から逃れるように彼の肩辺りに顔を埋める。もぞもぞとうつ伏せていた身体を横に向けながら、両腕を眠る兄弟の腹に巻き付けた。くっ付けた鼻にクリームの甘い香りが入ってくる。”ギフト”を受け取って笑っていた顔を思い出して、ふっと小さく笑い声が漏れた。すると、巻き付いた兄弟の呼吸が一瞬静かになって、それから身動いだ。くっ付いていた顔を離して、目を彼の顔へ向けると、対の瞳が眠たげにフロイドを見つめていた。
「ふふ……眠れませんか? 今日は楽しかったですものね」
「んーん、目ぇ覚めただけ。オレもまだ眠いよ」
脚も巻き付けて、瞼を重たくして見せる。ジェイドは柔らかく目を細めた。かなり眠たげだ。今日は確かに随分とはしゃいでいたな、とパーティーを振り返る。当然、自分のことなど棚に上げた。
ジェイドはもぞもぞと動いて、フロイドの方へ身体を向けようとした。しかし途中で止まって、ちらりとフロイドと逆の方向に顔を向ける。まだ鈍い頭で暫しその側頭部を眺めていたら、ジェイドが小さく笑ったので、やっと体を少し起こしてジェイドの向こう側を覗き込んだ。そして、フロイドも声を出して笑いそうになるのを飲み込んで、息だけで笑った。
「寝よっかあ」
「寝ましょうか」
「明日の朝、楽しみだね」
「ふふっ、とても楽しみです」
身体の半分を強固にホールドされているジェイドは窮屈そうに、しかし言葉通りの表情で笑いを噛み殺している。目の前でタコ料理をこれ見よがしに食べたから、昔の夢でも見ているのだろうか、なんて考えてまた可笑しくなった。
流されないように、挙ってその重い腕脚を借りた経験は数知れない。それで絞められた回数も、墨まみれになった回数も同じだけ。陸に上がってからはそんな事は無意味だったから、次第に一緒に眠ることも少なくなっていた。それでも今日は、一緒に寝たい気分だった。アズールの広いベッドで尾びれも背びれも伸ばし切って眠りたかったのもあるが、何より、この光景が見たかった。
改めてジェイドに巻きつきながらくすくす笑う。一緒に遊んで、一緒に食べ、一緒に眠る。何もしなくても、当たり前みたいに明日が来る。そんな平和なこの世界は、きっと自分達には易しすぎる。だからこそ、余計な感情に振り回されたり、馬鹿みたいな言い合いも喧嘩も楽しい。陸の上で笑う二人は、存外に飽きそうもない。
両側から巻きつかれて身動きが取れなくなったジェイドは、困ったような顔をしながら微笑んでいる。少し身動いだだけでアズールはただでさえ強い握力を強めているらしく、時折ジェイドが呻いている。そんな中でも、段々とジェイドの瞼が落ちてきた。
「ねえ、ジェイド、アズール」
ジェイドの目がゆったりとフロイドへ向く。アズールは小さく唸った。自分の視界も狭まってきた。薄く開けた瞼の向こうへ、いつものように笑いかけた。
「また明日」
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