そうと言わずに伝えたい

 

 そんな事を思い立ち、まずはじっと見詰めてみた。銀髪を掻き混ぜて大事な書類と睨めっこしている彼は気付かないらしい。斜め前に陣取っているのも良くないだろうかと、位置をずらす。正面に立ったら、照明が背にあるために、彼の視界に影が落ちた。一瞬だけ動きが止まったが、それでも彼は顔を上げない。
 こうなったら意地でも目を合わせたくなってきた。腰を折って上から書類を一緒に覗き込む。盛大に暗くなった手元に、握っていた部分がぐしゃりと折れる。遂に怒って顔を上げるかと思ったが、まだ冷静だ。
 アズールは机上の骨で出来たペンを手に取る。その手の上から自分の手を重ねる。流石に反応を見せ、視線が其方へ寄ったのを見計らい、横から覗き込んだ。すぐに顔が背けられる。尚も文具に伸びていこうとする手を握り、持ち上げてみる。手元の抵抗だけがジェイドに応えてくる。するする指を絡ませたら、がん、と頭を机へ強かに打ちつけた。
「おやおや、突然どうしたのですか? 痛そうですねぇ」
 喜色が声に乗った。表情だけは嘘臭く作って、後頭部を上から覗くようにしながら言葉を落とす。油の足りないロボットに似た仕草で、彼は倒した上体を起こす。しばし俯いていたので、繋いだ手を何度も握ってみたら、額を押さえ大きな溜息をついた。
 屈んで覗き込んだら、やっと目が合う。達成感に満たされ、ふふ、と笑う。しかし、指の隙から見えるその滲んだ空色の熱さにたじろいでしまった。思わず身を引いたら絡んだままの指が突っ張る。彼はむすりと口を歪め、逃げを打つジェイドの手を引っ張った。バランスを崩す前に机に手をつく。目前にはあまりに雄弁な瞳があった。
「したいなら、ちゃんと言え」
 強引に後頭部を引き寄せられて、反論も皮肉も吐き出すより早く柔らかな感触に飲み込まれる。咄嗟に閉じた目を薄く開ける。今度はジェイドが見詰められる方に居るらしい。貪るような強欲な色に心臓が跳ねる。
 どうも伝える必要のない物まで伝えてしまったらしいと自省しながら、とりあえずは求められる方法で、同じ心を返す事にした。
 指を握り首に腕を回す。やはり単純明快な方が伝わりやすいのだ。隈の薄くなった目元が弛み、握り返される。唇を離しても、ただ静かに見詰め合う。どうせ言葉にしたら余計な事を付け加えるのだから、この方が互いに真っ直ぐ伝わるだろう。

 

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