例えば、然程の期待を持たずに投げていた仕事を大仰な成果を以て返しに来た時、驚いた後は「よくやった」と心から労いの句を告げる。それは自分の利益を思わぬ地点から得た喜びと、それから成果を与えてきた相手に当然の優越感を齎してやりたいという一般的な感情からの言葉だ。こればかりは下心だったり、算段があっての事ではない、とアズールは自負していた。眼下のエメラルドグリーンをさらさら指で梳きながら、涼やかに自らを観察する瞳を覗き込む。
「……今日、お前が持ち帰った情報は本当に有用でしたよ。流石の収集能力だ」
「恐れ入ります。アズールのサポートあっての事ですよ」
真摯に誉めてやっても、この男はのらりくらりと笑顔で躱す。むすりと口元が歪むのを感じながら、無防備な額を小突いた。
これも同じ類の感情だ。いくら褒めても感触のない部下を甘やかして、笑顔だったり照れた様だったりを見たいと思うのも、別段特異な事ではない。そうして一方的に与えられるだけではない、ちゃんとした取引関係を保った安心を得たいのだ。
どれだけの言葉を尽くせど、捻くれている性格ゆえであるのか知らないが、ジェイドには響かない。しかし、今回ばかりはどうでもいいという態度で逃げられては困る程の成果を上げられている。少々強めの命令で――半ば力づくで、膝の上に頭を押さえ付けて現状が完成したのだった。
寮長室の大きく質の良いベッドに寝そべり、頭を撫でられていても尚、ジェイドは面白そうにアズールを観察するばかりで全く褒められている奴の顔にならない。それどころか段々と嘘臭い笑顔が強まって、徐にその指先がアズールの脇腹に触った。
「うわっ、ちょっと……やめなさい」
「ふふふ」
「おい、ジェイド……」
制止に構いもせず、その細い指先は上へつつ、と身体を伝っていく。擽ったさに身を捩る。指先は後ろ側へと回っていき、背骨に触れる。ジェイドの片腕が巻き付いて、抱きつかれている格好になって、アズールには全く以てその気は無いのに落ち着かない心持にさせられてしまう。そのままくすりと笑うものだから、息が脇腹にかかって熱が上がる。
「ほら……離れて下さい。そういうつもりで連れてきたわけじゃないんですよ」
「でも僕は、そういうつもりで来たんですよ」
「嘘つけ」
背骨を撫であそんでいた手がアズールの肩を掴む。その体を支えに、ジェイドの沈んでいた頭が浮き上がって、アズールの眼前にやってくる。
「甘やかすって、僕の好きにさせる事でしょう?」
「お前のそれは逃避って言うんですよ」
体重を乗せられるまま、背中からベッドに倒れ込む。大型犬が戯れついているようで悪くは無いが、アズールの褒めたいという欲とは結び付かない状態だ。
はぁ、とひとつ溜息をついて、とりあえず抵抗は止めて受け入れてやる。ジェイドは一瞬だけ、分かりにくくも安堵に呼吸を緩めた。それを何となく察知して、近付いてきた黒髪をピアスの外れた耳に掛けながら、自分の方へ引き寄せる。
彼はどうにも行為に逃げれば甘やかされる事はないのだと信じているらしい。しかし今日こそ頑張りましたと素直に言わせるために、思い切り甘やかしてやる算段である事は黙ったままで、自分勝手で臆病な拙いキスを受け止めた。
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