新しい日に祝福を

 

 初日の出、という概念を知ったのは今年の事だった。東方の文化の一つであり、異世界から来訪したオンボロ寮の監督生が話していた。一年の始まりの象徴で、何となく綺麗な気がするとは彼の言だ。
 毎年の事だが、三人揃ってターキーをつついて迎えるだけの新年。それを少しでも彩ろうと、この不思議な文化を踏襲しようとしていた。今は真夜中、ともすれば明朝と言える時間帯で、冷え切った静寂の中で空を見上げて待っていた。
 いつも通りに三人で並んで、誰もいないメインストリートで缶コーヒーを飲みながら、白い息を吐いて日の出を待っている。フロイドは空になった缶コーヒーを振って、「捨ててくる」と言って中庭に向かった。
 ほぼ全ての生徒が帰省する中、残らざるを得ない三人ぼっちはそこまで悪くもない。ずっと駄弁っているだけでも、ホリデー中に仕事をさせられたとしても、面白い事には変わりない。自販機の隣のゴミ箱に缶を放り込んで、欠伸をしながら引き返す。
 先の地点まで戻る。二人が立っている後ろ姿が見えたところで足を止めた。大量の生徒達でごった返しても平気な大きい道を、今は二人きりでぽつんと貸し切っている。それは海の中のようで、どこか安心感があった。
 穏やかな空気が流れている二人へと、名前を呼び駆け寄ろうとして、ふと思い付く。そろり、そろり、と抜き足差し足で、油断している背後へ忍び寄る。すっかり平和ボケした二人は、フロイドの完璧なステルスに気付かない。にやりと笑みを浮かべて、両手をそれぞれの頭へ伸ばして――掴んだ。
「うわっ!?」
「フロイ――んっ!?」
 バスケットボールのように手のひらで掴んだ二人の頭を、そのままお互いへと引き寄せてぶつける。調子の良い今日は、コントロールも完璧だった。見事に二人の唇同士がぶつかって、想像以上に驚き慌てふためく顔が見られた。
「あははは! 二人とも、すっげー真っ赤! 金魚ちゃんみてー!」
「フロイドッ! お前はどうしてそう……!」
「まあまあ、アズール」
 手を離したらすぐさま掴み掛かってきたアズールと、それを止めるジェイドを交互に見遣ったフロイドは、機嫌良くにやにやしている。ジェイドはしおらしげにアズールの袖を引っ張って、まだ赤みの残る頬を隠すようにはにかんだ。
「もう一度、お願いします」
「……は、あ!? お前も何言ってるんですか!」
「いいよ。はい」
「ちょっと待っ――んぶっ!」
 再度フロイドが二人の後頭部を掴んで引っ付けた。どこまでも警戒心の薄れたアズールに笑えて、固定していた手が震える。その僅かな隙にアズールはフロイドの手をひっぺがした。取り残されたジェイドは「おや」と残念そうに呟く。
「嫌でしたか?」
「嫌なわけないだろ! 僕はフロイドが勝手にさせてくるのが気に食わな……あっ!」
 流石に吹き出してしまったフロイドをアズールがどつく。それから顔を真っ赤にしてジェイドの方を向いた。ジェイドは嬉しそうににこにこしながら二人を見ている。
「違います、別に自分でしたかったとかそういう意味じゃなく……! ああもう、聞かなかった事にして下さい!」
「ふふ、僕は何も言っていませんが……」
「目がうるさいんですよ、目が……!」
「うるせーのはアズールだけどね。てわけで、はい」
 今度は伸ばした手をアズールに一瞬避けられたが、素早く掴んでジェイドの方へ引き寄せた。バスケットボールの経験が役に立った。
 最早言葉もなく、怒りだか羞恥に震えたアズールを見て素早く逃げ出した。追いかけては来ない自信があった。少し逃げた所で振り返ってみたら、予想通りジェイドに腕を掴まれていた。しばし言い合った後、アズールの手がジェイドの方に伸ばされて、ゆっくり彼の体が傾いだ。その時、空の向こうが輝いた。
「あーっ! アズール、ジェイド! 初日の出!」
 思わず叫んだ。二人はびくりと飛び上がって空を見た。二人の瞳に新たな日の出が映って輝いて、何となく綺麗な気がする、なんて曖昧な感想が分かった気がした。

 

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