「今日ってなんの日か知ってる?」
朝一番の澄み渡った空気のなか、がちゃがちゃと銃火器の部品を組み立てる。開いた窓からは曇った空と湿った風が覗いている。そんな退屈の合間、朝の挨拶を交わした時から温めていた話題を投げてみる。
綺麗に組み上げられた一丁を横に置いて、ちょうど弓弦が顔を上げた。呆れた顔や不思議そうな顔、そんな反応を期待していた茨に、弓弦は至って平坦な反応を返した。
「ああ。七夕のことでしょう」
「知ってんの? ふーん……やっぱり、金持ちはそういうイベントとかやるもんなんだ」
なんとなく拗ねたような気分で、作りかけの銃器をもてあそぶ。今朝、名前も覚えていない上司が同じ質問を投げてきたとき、小馬鹿にされたあの体験をさせてやろうと思っていたのに。
弓弦はそれに気付かずに手元に視線を返していた。
「……まぁ。ただ知識として知っていたというのもありますけど、今朝方に教えられたから思い出した、というのが正しいですね。実際、言われるまで考えもしませんでしたし」
「え、弓弦も聞かれたの?」
「そうですね。短冊を――お願い事を書く紙をもらいましたよ」
わざわざ訂正してくれた気遣いに、余計なお世話と毒付いて口を尖らせる。それから、未だ白紙のままで胸ポケットにしまってある一枚の短冊を服の上から軽く触る。
弓弦はまた一丁、組み終えて完成品に並べた。途切れた会話に、その先を急かしたくなる。黙々と作業をこなし、何だって出来るこいつが何を願うのか気になった。
「……弓弦は願い事、何にした?」
「俺の願い事……? そんなものに興味があるんですか?」
なんとはなしに、といった風を装って訊ねれば、弓弦が意外そうに目を丸くする。そのいやに綺麗な瞳を直視して、一瞬で質問した事を後悔した。この男が願っている事なんか、どうせ一つしかないのだ。自分にはない帰る場所、それだけ。
しかし、それは表に出さないで、茨はいつも通りの自分に寄せて笑う。
「うん。思わぬ弱みが握れるかもしれないし、普通に興味あるよ」
「『茨が訓練をサボりませんように』、って書きました」
懸念を隠すよう出した憎まれ口に、応酬の如く言葉が返ってくる。弓弦はいつもの勝気な笑顔で茨を見ていた。
「え……」
そして茨は、言葉に詰まった。嫌味へのお返しだとは分かっている。本気でたった一つの願い事をそんなものに使うわけはないと頭では分かっているのに、なぜか、体温がじわりと頭頂へ昇ってくる。
「……どうしたんですか。なんでそんな顔を」
「いっ……嫌味なヤツだなって呆れてただけ! こんな日にまで他人にお小言を言うなんて思わなかったからさぁ」
戸惑う弓弦を見ていられず、喉奥から声を張り上げ絞り出す。当然ながら怪訝そうにする弓弦を、今し方絞り出した言葉に合わせて睨みつける。思わぬところで自分の名前が飛び出してきて驚いただけだと、誰にともなく言い訳をする。
「……冗談ですよ」
ふっと笑ったかと思うと、弓弦は目を逸らすようにまた目線を下に落とした。その声の暗さに思わず手が止まった。
「そういうあなたは、何を願ったんですか?」
話題を切り替えるためか、弓弦がそう訊ね返してくる。冗談にされた自らの情動にむかついて、考える前に口を開く。
「金持ちに――」
頷きだらんと垂れた後ろ髪が、静かな感情の発露に感じて、言い切る前に止まった。そういえば、昨日弓弦は手紙を読んでいたなと今になって思い出す。
ぐるぐると小さい脳味噌を回して、言葉を考える。不自然に切れた言葉に、不思議そうに弓弦が視線を寄越してきた。
「じゃあ俺は弓弦をさっさと殺せますように、って書く」
目が合って、結局そんな言葉にした。心なしか緩んだ目元に、なんとなく安堵した。
「随分と気の長いお願いですね」
「うるさいなぁ」
ずっと見つからなかった取っ掛かりに部品をスライドさせると、ようやくがちゃりとはまった。
いつもよりもがやがやと騒がしい夕食の時間に、茨は季節外れに設置されたクリスマスツリーへ近寄る。やっと綺麗に書けるようになった程度の筆跡で書いた、自分の短冊を紛れ込ませようとしていた。
ツリーには似合わないカラフルな短い紙の装飾を掻き分けて、なるべく上の方へと手を伸ばす。そこで、なんだか見覚えのある筆跡と文章が見えた。
紫色の小さな短冊には、弓弦が言った願い事が一言一句違わず、そこにあった。
「……冗談じゃないじゃん……」
無意味に周囲を確認してから、その少し上のところに、自分の書いた願い事を括り付けた。どうせ今日は曇りだし、なんとか様だって見ていないだろうと思いながら。
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