昼食時、喧騒の最中で見飽きた同じ顔とテーブルを囲んでサラダをつつく。ミートボールを宙で遊ばせながら食べるフロイドを見咎め、注意を口にしようとしたが、その横が視界に入って溜息に変わった。
正面に座るアズールの領域にまで溢れている大皿から、淀みなく胃の中へ収めていく。その皿から時折フロイドが取って食べるが、件の彼は何も言わない。机に取っ散らかった料理の数々を余さず食べようとしている癖、一口が小さいから延々と口を動かしている。
細い身体の何処に吸い込まれていくのか甚だ疑問だ。視界に入るだけで満腹感が襲う。アズールは小皿の海藻をそっと皿の海に紛れ込ませ、水を呷った。
「ごちそーさまぁ」
大皿のひとつが空になったタイミングで、フロイドが背を反らせて欠伸をした。適当に使っていたフォークだけ持って、席を立つ。アズールも軽く手を挙げ、天気の変わった彼を見送る。そこで漸く、ジェイドが手を止めた。
「おや、もう行ってしまいましたか」
「当たり前だと思いますけど」
平常のように笑みを湛える口元には、らしくもなく食べかすがくっついている。アズールの視線に気付いたらしいジェイドは、気恥ずかしげな表情を作りながらナプキンでそれを拭う。そしてまた、大皿に手を付ける。
「まだ食べるのか!?」
思わず大声を出した。ジェイドは一瞬目を丸くして、にこりと笑う。
「どうにもお腹が空いてしまって」
「飛行術……では無かったですよね?」
教室前で合流した事を想起しながら確認を取る。当然のように頷いて、小首を傾げた。
「不思議ですねぇ」
ふふ、と楽しげに言った彼に、呆れて固まる。その間にもジェイドの口には肉や野菜が詰め込まれていく。いっそ感心しながらその様を見詰めて、また水を飲んだ。全く食べていないのに、空腹は感じなかった。カロリーの調整に使うのもありだな、と考えつつ、背凭れに身体を預け、もう暫し異色な食事風景を見守る事に決める。
忙しく口を動かしていたジェイドが、ふと視線を上げて、アズールが待機の姿勢に映ったのを視界に入れる。目を合わせた途端、真顔になって俯いた。
「何です、その反応」
「……いえ、試験も近いというのに、こんなところで暇を持て余してもいいのかと心配をしまして」
直前に食べたリゾットを嚥下してから、いつもの調子でくすりと笑った。典型通りに顔を顰めると、その笑顔がさらに深まる。
「でも、余計なお世話でしたね。貴方が勉強時間を見誤るだなんて有り得ませんし」
彼の思惑通り、ああそうですね、と吐き捨てて席を立ってやろうと思った。しかし喉元まで上がってきていた怒りを噛み殺し、ゆっくり息をつく。おやと瞠目しながら微笑むジェイドへ視線を返す。
「お疲れですか? ここ最近は忙しそうにしていましたからね」
「……ああ」
続いた言葉に得心し、首肯する。
「なるほど」
ことりと音を立てながらコップを置く。ジェイドは手を止めずに、また大皿を空にした。残るところ、あと大皿一つ分だ。腕を組んで、鷹揚とジェイドの方を見遣れば、戸惑いを含んだ瞳が見つめ返してくる。
「食欲と性欲は直結していると言いますしねぇ」
「は」
フォークに突き刺していた最後のミートボールが落っこちて皿に戻る。ぽかんと開いた口には米粒が付いている。ふ、と笑いを零しながら、皿を避けながら机に手を付いて身を乗り出した。
「……アズール。食事中にそのような話をするのはマナー違反かと」
身を退いて、真っ直ぐにアズールを見つめ返す瞳が微かに揺れる。そこに宿る色にはよく見覚えがある。
「幾ら食べても満たされない訳ですよ。それは空腹ではないんですから」
手を伸ばせば簡単に触れ得た。平静を装う顔は熱を持っている。アズール自身の手も似た体温を放っている気がする。仰け反る首元を縛るネクタイを引っ張って、顔を寄せた。遂に笑顔の装甲が崩れる。
「ここをどこだとお思いですか? 寝不足で脳が止まっているのでは?」
「寝不足になんてなる訳ないでしょう」
毎夜、睡眠時間を調整している事は良く知っている筈だ。くすりとこれ見よがしに笑えば、無言で目が眇められる。少しずつ鎮まっていく喧騒が、今は遠く聴こえる。
「……アズール!」
ぐい、とネクタイを引き寄せる。耳元で抵抗の声が響く。それを無視して、はくはくと動く口の端に吸い付いた。一粒の米からキノコの味が広がって、つい眉を寄せた。それから手を離して椅子に戻ると、ぽかんとして見開いた目を何度も瞬く、なんとも稀有な表情を浮かべていた。
「……公衆の面前で、こんな事をするなんて」
物珍しげにじろじろ見るアズールの視線から逃げるように顔を背け、ぽそりと呟く。笑いを殺しもせずに畳みかけてやろうと思い口を開けたが、同じく笑ったジェイドの目に言葉を止める。
「貴方、よっぽどお腹が空いていたんですね」
瞬時には意味を理解しかねて、暫しその嬉し気な笑顔を見つめる。それから、自然と笑声が漏れた。
「今夜が楽しみですねぇ」
「おや、試験の準備はよろしいのですか?」
「当然でしょう?」
自信たっぷりに言葉を返すと、行儀良く口元に手を当てて笑う。その仕草にも熱が上がるのを感じて、溜息を吐く。
「まずは、これを片付けなくてはいけませんね。もう時間もありませんし、手伝って下さいますか?」
それを見透かしたのかは分からない。細められた瞳が机を指した。言われるまま視線を落として、先程の自らの発言を反芻し、誤魔化す様にフォークを手に取った。
コメントを残す