白い地面を踏みしめる度に、ぎゅうと空気が絞まる音と足跡が残っていく。それが妙に楽しくて、いつもより歩幅が小さくなる。上を見れば、白い粉のような塊が幾つも視界に広がって、落ちてくる。どこまでも真っ白な風景で、故郷に無い光景が好奇心をそそる。吐いた空気までもが白くなって、その内、自分まで白くなってしまいそうだと思った。
「ジェイド! ちょっと待てって言ってるだろ!」
口を開けて、降ってくる塊を飲み込もうとした時に声がして立ち止まった。振り向くと、白い息が辺り一面に広がっていた。それを掻き分けて、アズールがこちらを見上げている。
「防寒具を持って行けと、何度言えば分かるんですか……ほら」
「おや、わざわざありがとうございます」
厚手のコートを羽織った上からマフラー、手袋、耳当てまで着けた彼が、完全防備の手でもう一つマフラーを差し出してきた。彼も寒さには強いはずで、つまり彼の防寒具は飾りなわけで、そう思うと妙におかしい。陸に上がって二年目とはいえ、周囲の人間達でもここまで着込んでいる者は少なかった事くらいは分かる。過剰に防護された手からマフラーを受け取って、そんな心境を隠すように微笑んだ。
「人間の身体は脆いんですよ。お前達も、そろそろ落ち着いてくれませんかね」
そう言いながら、はあと白い息を増やした。未だ広がり続ける”雪”は、しんしんと二人に降り掛かっている。少しだけ寒さを感じて、マフラーを首に巻く。微かにコロンの香りがした。緩みそうになる唇を見せないようにマフラーで覆う。そして視線を彼へ戻せば、銀髪に白い粉雪が積もっていた。
「ふふふ」
「何ですか急に。気味が悪いな」
「いえ。お似合いですよ」
言えば、ぽかんと口を開けてこちらをまた見上げた。そして視線に気が付いて、すぐさま顔を歪ませた。閉じて、文句を言わんと再度開いた口は、ふっと笑みに変わる。
「お前もなかなか似合ってますよ、それ」
「ああ、……」
マフラーの事かと思って続けかけた言葉は、彼の笑顔に含む意味を察して止めた。その視線は頭上にある。半笑いのまま、背伸びまでして頭部へ手が伸ばされる。一歩下がったら、足元でぎゅうと雪が鳴った。そちらへ気を取られている間に、彼の手が髪に触って、嫌味たらしく払っていった。
「……お気遣い痛み入ります。では僕もお返しに」
「うわっ、やめろ!」
すぐさま切り返して、雪が絡まった銀髪を掴む。半ば掻き回すように髪を梳けば、首を振って逃げられた。また追いかけようと手を伸ばしたら、アズールが突然声を上げて笑った。その鼻の頭は赤かった。我慢できずに僕もつられて笑った。
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