恋が零れる魔法にかかった

 

 扉を開けた途端、ざらざら砂の様な破片が雪崩出てきた。一歩退いて見たら、どうやら硝子片らしい。靴を履かずに来た事を後悔する。
「全く……こんなに散らかして、誰が片付けると思ってるんだ」
 人工灯を反射して光る硝子の砂の中心で、長い脚を折り畳み膝を抱えて座っている。その足先は時々、砂を踏み躙って遊んでいる。裸足の爪先から少し血が出ている。
 一つ息を吐いて、それから下げた足を前へ進める。じゃり、と踏んだ砂の破片が足裏に刺さって痛い。出来るだけそれを壊さない程度、丁寧に歩き、蹲る彼に近付いた。
「ジェイド」
 呼び掛けても返事がないどころか顔も上げない。その代わり、また足の下の砂を踵で潰した。仕方なく脚を掴み、持ち上げてから硝子を攫う。血の付いた粉々の欠片は、未だ煌めきを残している。それを拾い集め、両手で掬う。ず、と鼻を啜る音がしたと思うと、ちらと膝小僧から黄金色が覗いていた。
「捨てて下さい。そんな汚い物」
「嫌ですよ。人の宝物を汚いって言うな」
 手のひらで包み、拳に閉じ込めると、少し原型を取り戻す。指の間から覗き見る。やはり綺麗だ。
「全部修復するまで帰りませんから」
 その一つ目を固めて、ころりと手の上で転がした。海底で見かけた硝子玉みたいだが、それよりもっと、輝いている。ジェイドはそれを見遣り、息を抜いて笑う。
「売っても値打ちはありませんよ」
「売る訳ないでしょう。僕のだって言ってるだろうが」
 持ってきた空き瓶を彼と自分の間に置き、一つ目を入れる。硝子玉は静かに瓶の底に当たって跳ねた。
「ほら、お前も手伝いなさい。最後は全部、心臓に戻せよ」
「はあ。横暴な事で」
 そう言った彼の瞳から、また一つ、輝く硝子玉が転がった。

 

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