小石を蹴飛ばした革靴の先がかつりと音を鳴らす。小石はそのまま真っ直ぐ転がって、急転回で道の切れ端に滑る。アスファルトを踏んだ踵もかつんと鳴る。進むだけの脚が立てる些細な音は遠い喧騒を拾い続ける鼓膜を刺激する。不意に手の中にあった体温が僅かに退いた。引き抜かれる事を危惧して握る力を強める。
ざぱり、真横で聴こえるような海の音がする。ガードレールの向こう側で魚が顔を出してこちらを一瞥する。帰りを待つような視線が痛い。体温は逃れたいのか振れる。それでも僕はただその手を握る。
いつまでも続くような舗装された道路では車が行き交う事もない。偶に通り過ぎるのも、僕らを気に留めはしない。
「アズール」
静寂の中を、確とした響きが通っていく。ちらと視線をそちらへ向ける。声と同じく静謐な瞳が僕を見ていた。彼はぱたりと足を留めて、尚も進もうとする僕の腕を引き留める。
「帰りましょう。もう、日が暮れてしまいますよ」
空を飛ぶ鳥が時間切れを告げる。夕を呈した空模様が僕を急かす。黄金にも月にも似た、全てを見透かす目が僕に答えを急かしている。もう一度、手を握る。拒みはしない体温に、溢れ出す心が苦しい。
「どこへ」
波を打ち続ける側の海。彼の肩越しに遠く見える街。僕らを拒む誰かが棲む場所への帰り道など考えてはいない。ここが何処なのかも正直分かっていない。ただ、この道の先を期待するだけの脚だった。
ぐ、と手が引かれた。追い縋るように伸ばす指先は届かずに、手が離れた。一歩距離を詰める。困り顔の微笑を浮かべる彼の手が、宙を彷徨う僕の手を握り返した。
「フロイドが、待っています」
遠く水飛沫が上がった。イルカが飛んだらしい。着水する前に見えた背鰭が光を反射していた。海で泳ぐ目の前の男を思い出す。鏡合わせと二人手を繋ぎあって、輝く身体を舞わせていた。
手を握り返す。ただ微笑むだけの彼が逃げないように、両手で掴む。存外冷静な彼の片割れは、きっと追い掛けては来ない事も分かっていた。そこが帰り道だなんてことは、最初から理解していた。何処まで行っても、僕達はそこへ戻っていく。そういうふうに出来ている。
「きっと美味しい料理を作って待っていますよ」
空を光が滑った。星が落ちたのかもしれない。顔をあげたら、一番星が月と寄り添っていた。腕の力が抜ける。繋いだ手を離す。それでも手が離れないのは、彼が僕の手を握っているからなのだと知った。
名残惜しく背後を見る。まだ道は続くようだ。先は見えない。辿り着いてしまったら、そこにも突き当たりがあるのだろうか。
太陽が落ちていく。ジェイドが僕の手を引いて、歩き出した。空っぽの胃袋が空腹を訴えたので、僕はそれを追いかけた。
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